初夏
総合 No Comments »赤のアジサイは珍しい?
アジサイらしいアジサイはこの色ですよね
ということで改装なったららぽーと船橋。今回はチラッと見てきただけなので、ご紹介はまたの機会に。沖縄料理とハワイ料理の店があって楽しみ。そしてクリスピークリームドーナツの店ができて、大行列だったよ。
赤のアジサイは珍しい?
アジサイらしいアジサイはこの色ですよね
ということで改装なったららぽーと船橋。今回はチラッと見てきただけなので、ご紹介はまたの機会に。沖縄料理とハワイ料理の店があって楽しみ。そしてクリスピークリームドーナツの店ができて、大行列だったよ。
すみません、本日5月22日AM1:00台のWeb拍手、盛大に文字化けして読めませんでした。エンコードを変えてみたりしましたがダメでした。せっかくの書き込みですが、申し訳ありません。ちなみにうちのブログ、文字セットはUTF-8です。
表現はつねに自由であるべきだが、ともなう責任から逃れられるわけではない。
自由を「責任を問われない」ことと勘違いしていたら不幸だ。むしろ自由は、自らにルールを課せない者には荷が重いと考えた方が良いと思う。
このところのコミックやアニメーションの表現において、倫理規定に引っかかるケースが散見されると聞く。少なくともグレーゾーンに足を踏み入れるケースが目につくと。表現に対して意欲的であったり、ギリギリの所に挑戦する心意気は買いたくもなるが、残念なのがそのほとんどが性的表現において、と言う部分だ。あるいは暴力表現。ほとんどが内向きなのだ。社会性へのテーゼではなく、私的なツボを刺激するのみではないのか?
性と暴力の表現は常に社会性や倫理性において焦点となりがちである。文芸の世界においても映像の世界においても。だが、安直な、というか低俗なセクシャル表現が横行するのは、若干子供じみてはいないかと心配になる。むしろ倫理を盾に規制を引き込む理由付けにされないか、と。アメリカン・ニューシネマは、「何も残さなかった」と言う点で画期的だが、それでも、あの時代の怒りのたぎり、そしてくすぶりをフィルムに残したという意味で社会性があった。
別に聖人君子ぶって清廉な道を問うてるつもりはない。だが、とりつかれたように性的表現に向かうレミングのような作品がなんと多いことか。むしろ表現を狭めているだけではないのか。
重要なのは、その表現法によって、何を伝えたいかと言うことだ。実験映画でもない限り、表現とは目的ではなく手段であるべき、というのがおいらの意見だ。単にリビドーを喚起するだけのポルノまがいだったら、御免こうむりたい。たとえば永井豪の作品が「それだけ」じゃないことは読んでもらえばわかると思う。作り手の皆さんには、「それだけ」の作品に堕ちてヨシと思うのか。それを問いたい。
※風呂絵師に言われたかねえや、とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、「だからこそ」という思いがあるのですよ。わかってもらえるとも思いませんが。
「2007年以降のお絵かき」を更新し、最近の絵を追加しました。
今回から並べ方をタイムスタンプ順にしたので、後ろに行くほど新しいです。ホントは新しいモノほど前にくるようにしたかったけど、使っているアプリにその機能がなかったので。
JFNの地球温暖化防止キャンペーンCM、その内容は・・・
コウイチ「エミコさん、季節のお手紙を書きます。露に濡れたアジサイが鮮やかですね」
エミコ「コウイチさん、お便りありがとう。コスモスが風に揺れています」
コウイチ「エミコさん、虫の声に深まる秋を感じます」
エミコ「コウイチさん、梅と一緒に庭のヒマワリが咲きました。変ですね」
コウイチ「エミコさん、スコールのたびに街がジャングル化していきます」
エミコ「コウイチさん、有害紫外線にアスファルトが溶けゆく音が聞こえます」
コウイチ「エミコさん、野山の砂漠化も今が見ごろ。赤茶けた山肌に、えもいわれぬ風情が」
エミコ「コウイチさん、白いモノがちらついてきました。雪ではなさそうです」
コウイチ「エミコさん、それは窒素酸化物ではないでしょうか(咳こむ)」
二人「時節柄、御自愛ください」
ナレーション「地球温暖化の候、いかがお過ごしでしょうか」
いかがでしょう、エミコとコウイチ、最初は幼い声から少しずつ長じてゆき、最後は老年の声になるにつれ、時の流れとともに環境破壊が進むさまを、二人の往復書簡で表現している訳です。
やりすぎだなあと思うのは、「街がジャングル化」のくだりで、南国の鳥の鳴き声みたいな、いかにもなジャングルSEが入るのです。これで一気に、「街がジャングル化」のイメージがさっぱり見えてこなくなります。実際、温暖化によって「街が」ジャングル化するんでしょうか? 熱帯系の植物層になって南国の鳥や動物が闊歩するのでしょうか?
演出がカチ過ぎていて、メッセージが伝わりにくくなっている、そんな気がします。
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=AS1D24082%2024042008
さかえさん大好きHMVですが、上野店が無くなってからは近場にないこともあって、しばらく行ってませんね。池袋店は好きだけど・・・
HMVが店舗面積を抑えて、店舗数を増やすみたいです。千葉・船橋にも作って欲しいですが、在庫を絞っていくみたいなのでどんなもんでしょう。
ネットショップがあると、在庫が充実しているので、欲しいCDが手に入れやすく便利ですが、できれば店頭で手に取ってみたり眺め回してみたりしたいのです。
複雑な心境ですなあ。
フェアトレード(Fairtrade)という考え方がある。日本語に訳すると公正取引となるが、日本でいう公正取引と、昨今のグローバルな定義でのFairtradeは意味が異なる。
たとえば発展途上国の生産品を意図的に、また継続的に買うことで、途上国を支援しようという考え方である。つまり価格や品質、経済効率だけでモノを選ぶのではなく、「支援」が前提にあるということである。自由経済と資本主義の考え方だけであれば、競争力のないものは負け組にはいるしかないことになるが、それでは途上国の貧困化が進むだけであり、結果的に政情不安や紛争の火種になりかねない、それはグローバルな視野で見れば損失だ、という発想なのである。紛争が無くなれば自衛隊派遣しなくて済んだり、公的資金の支援投入が無くなる、と言えば想像がつくだろうか。
と、まあ話の風呂敷が広がっちゃってしまっちゃって困っちゃってもアレだが(ひどい日本語)、この考え方っていろいろな分野に適応できると思うのですよ。
4月以降初めての給油。ガソリン安くなったと言いますが、1年くらい前までリッター100円だったのにね。
洗車もしてもらいました。実はゴルヴァリにはガラスコーティングをしてもらっていたので、洗車機は使わないで、と言われておりまして。エネオスの手洗い洗車は素晴らしい。そしてやっとスタッドレスから夏タイヤに交換ですよ。やっぱり乗り心地がしまって、イイ感じ。
さて、いまテレビで麻生ローゼンがたわけたことを言ってました。
「ガソリンの値段をあげて人々がクルマに乗らないようにして、CO2を減らして環境保護しよう」
この国の今や基幹産業と言っても過言でない自動車産業をいじめて、経済自殺しようというのか。流通業界がクルマ輸送に頼っている現状への影響は考えていないのか。そして何より、クルマが減れば道路そのものの必要性が問われるという矛盾に気がついていないのか。
かしこい皆さんは自分の判断を信じてください。そして自分自身は何を選択するのかを見失わないように。