ようするに橋下・大阪府知事のやっていることは釣りなのだ。挑発的な提言ばかりがやり玉に挙げられるが、大胆な起案によって、議論をオープンな場所に引きずり出すための。文字通り「俎上に上げる」、問題をまな板の上に上げて料理するために、ショッキングなパフォーマンスを提示しているのだ。

伊丹空港の件にしても、感情的な反論では橋下府知事の思うつぼなのだ。府知事をシロウト呼ばわりするのなら、シロウトにわかるように、なぜ伊丹が必要なのか、無くなるとどんなデメリットがあり、伊丹があることでどんなメリットがあるのかを説明し、説得するべきなのだ。そしてそれを有権者も見て聞いている。ああなるほど、それでは伊丹空港を廃止するわけにはいきませんね、と府知事が、いや有権者が納得すればいいのである。それこそがオープンな議論ということなのだ。

冬柴(元?)国防相の批判もおかしなものだ。橋下府知事をシロウトというが、府民も国民も大半が行政・政治のシロウトなのだ。国防相が「有権者は政治に口を出さず、クロウトのすることに黙って従えばよいのだ」とお考えなら別だが、素人が行政に口を出してはならないという理屈はそもそも無い。府知事に口を挟むならシロウト云々ではなく、伊丹廃止がなぜダメなのか論陣を張るべきなのだ。したがって府知事に「クロウトがやった結果が現状」と言う言葉には全面的に敗北していると思う。

つくづく日本の政治家や役人は「オープン」を回避したがる。

「府知事、これこれこういう理由で伊丹空港は不可欠なんですよ」と、有権者へのアピールも含めて説得ができない政治家は情けない。そして対立構造をおもしろおかしく煽ることしかできないマスコミも然り、圧倒的に橋下府知事に及ばないのではないか。おいらは別に府知事を支持しているわけでも、味方するつもりもないし、たいそうなことをしているとも思わないが、かといって誰も府知事に太刀打ちできていないように見える。